マクシム・イグリンスキー
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基本情報 | ||||
本名 |
Максим Иглинский マクシム・イグリンスキー | |||
生年月日 | 1981年4月18日(43歳) | |||
国籍 | カザフスタン | |||
身長 | 173cm | |||
体重 | 67kg | |||
選手情報 | ||||
所属 | アスタナ | |||
分野 | ロードレース | |||
役割 | 選手 | |||
プロ経歴 | ||||
2004 2005 2006 2007– |
カペック ドミーナ・ヴァカンツェ チーム・ミルラム アスタナ | |||
主要レース勝利 | ||||
リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ 2012 ストラーデ・ビアンケ 2010 カザフスタン選手権・ロード 2007 カザフスタン選手権・ITT 2006 | ||||
最終更新日 2012年4月22日 |
マクシム・ゲンナジェヴィッチ・イグリンスキー(ロシア語: Максим Геннадьевич Иглинский, ラテン文字転写: Maxim Iglinsky、1981年4月18日 - )は、カザフスタン、アスタナ出身の自転車競技(ロードレース)選手。弟のヴァレンティン・イグリンスキーも同じくアスタナに所属する自転車ロードレース選手。
経歴
[編集]- ツアー・オブ・ジャパンに出場。
- ツール・ド・ブルガリア 区間1勝(第3)
2004年、プロ転向。
2005年、ドミーナ・ヴァカンツェに移籍。
- ツール・ド・フランス初出場、総合37位。
- ドイツ・ツアー区間1勝(第6)。
- 国内選手権・個人タイムトライアル優勝。
- 国内選手権・ロードレース優勝。
- ドーフィネ・リベレ区間1勝。
- ツール・ド・ロマンディ区間1勝・総合9位。
- ツール・ド・スイス山岳賞。
- ジロ・デ・イタリア初出場、総合55位。
- E3プライス・フラーンデレン 3位
- GP西フランス・プルエー 8位
- ブエルタ・ア・エスパーニャ初出場、第17ステージ終了後棄権。
- ツール・メディテラネアン 総合2位
- モンテパスキ・ストラーデ・ビアンケ優勝
- ティレーノ〜アドリアティコ 総合4位
- ミラノ〜サンレモ 8位
- ヘント〜ウェヴェルヘム 7位
- ロンド・ファン・フラーンデレン 8位。
- モンテパスキ・ストラーデ・ビアンケ 2位
- リエージュ〜バストーニュ〜リエージュでは、残り5㎞を過ぎてから、単独で先頭を行くヴィンチェンツォ・ニバリを猛追。最後はニバリに21秒の差をつけ優勝。
- ツール・ド・ベルギー 区間1勝(第4S)
- 10月1日にUCIは同年のツール・ド・フランス終了後の8月1日に行われたドーピング検査のサンプルからEPOが陽性だったことが発表した[1]。また、同じくアスタナに所属する弟のヴァレンティンもエネコ・ツアー期間中の8月11日の検査のサンプルからEPOが陽性となったことも併せて発表された。
- イグリンスキーはアスタナを解雇され、検査日から起算して2年1ヶ月の出場停止処分を科された。
脚注
[編集]- ^ “Maxim Iglinskiy provisionally suspended for EPO”. 2021年4月2日閲覧。
外部リンク
[編集]- マクシム・イグリンスキー - サイクリングアーカイヴス