黄老思想

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黄老思想(こうろうしそう)は、中国戦国時代から代初期にかけて流行した道家の一学派の思想であり、その学問を黄老の学という。黄老道(こうろうどう)とも言う。黄帝を始祖とし老子を大成者としたことからこのように称される。

君主が天道に背く君主の勝手な行動をとることを禁じ、また秩序維持のために社会に過度に干渉することは避け、さらに統治にかかるコストを下げるべきとする考えであり、漢代初期においては最も影響力をもった思想であった。

『黄帝四経』や『老子』をその思想的根拠・教典とする。『史記』によれば、稷下の学者である慎到田駢・接子・環淵らがその代表的人物である。また、『史記』老子韓非子列伝では申不害韓非子を「黄老に本づき刑名をたっとぶ」とあり、法家の刑名思想を黄老に由来すると考えている。そこで黄老刑名の学とも呼ばれる。

漢代初期においては曹参・汲黯・田叔といった人物がいる。また景帝の母である竇太后は黄老の書を好んだという。『史記』楽毅列伝に曹参に到るまでの黄老の学の系譜が書かれており、河上丈人→安期生→毛翕公→楽瑕公→楽巨公→蓋公→曹参となっている。このうち、楽巨公と蓋公は実在が確かめられる人物である。

1973年長沙馬王堆漢墓三号墓から出土した『経法』『十六経』『称』『道原』といった帛書は『黄帝四経』と呼ばれ、黄老思想の貴重な研究材料となっている。

関連項目[編集]

  • 小さな政府 - 近現代における、黄老思想に類似する思想。