黄小娥

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黄 小娥(こう しょうが、1913年1月12日 - )は、熊本県出身の易者である。

本名・川瀬久佳。熊本の小素封家の娘で、幼時に母と死別し、継母にいじめられて育ち、17歳で材木商と結婚、一男一女を儲けるが義妹と折り合いが悪く子供を置いて婚家を出、占いの勉強を開始、年下の男と一年同棲、男に捨てられそのあとを追って上京、十年間の易学修行後、四谷駅前のアパートで易者業を開業。[1]1950年代半ば頃より、「謎の美人易者」をキャッチフレーズに活躍。1961年カッパブックスより出版された『易入門』は、48万部を超える大ベストセラーとなった。『易入門』はその後絶版となったが、復刊を望む声が高まり、1987年に光文社文庫で文庫化され、2004年サンマーク出版よりタイトルに著者の名を入れて復刊された。

1980年代半ば、四谷のアパートを引き払い、熊本に帰郷。現在は公には占い師としての活動はしていないが、復刊された「黄小娥の易入門」には寄稿している。

『易入門』について[編集]

身近な例を豊富に使った親しみやすく、分かりやすい解説・シンプルで実践的な方法論は、広く一般大衆の支持を受け、映画化もされた。黄は同著の中で、変爻にあえて触れず、大成卦64卦に付けられた説明である卦辞だけで占う方式を提唱し、コイン6枚で誰でも易ができるという方法を提示し易に親しむ人間の裾野を大きく拡大した。

易は本来64卦を構成する384爻の説明である爻辞、易卦を構成する陰陽のパターンである卦象などを自在に読み取る占術である。そのため易占いは素人には手出しのできない難解なものとイメージされていた。そのためか、『易入門』に対して他のプロ・セミプロの易者から非難の声も上がった。特に師匠であった加藤大岳からの非難は影響が大きく、黄は大岳門下を離れ最終的には易者を引退することになった。

なお、コインで易占いを行うこと自体は黄の独創ではなく、擲銭法(てきせんほう)と呼ばれる簡便な易占いの方法として古くから伝わるものである。一説には前漢京房が始めたといい、唐の賈公彦『儀礼正義』にも記載されているという。ただし古典的な擲銭法は三文占の別名があるように、3枚のコインを6回振って大成卦の各爻毎に陰陽と動爻かどうかを出すもの [2] で、黄の提唱した6枚のコインの裏表で一度に大成卦を出すというのは黄の独創である[3]

著書[編集]

  • 『易入門 自分で自分の運命を開く法』光文社カッパ・ブックス 1961 のち文庫
  • 『易占七六八の答』実業之日本社 1962
  • 『十二支 生れ年がきめる男女の相性と金の運』光文社カッパ・ブックス 1967 のち文庫
  • 『愛易 恋愛と結婚の幸せをつかむ神秘術』祥伝社 ノン・ブック 1971
  • 『競馬占い作戦 易で勝馬を当てる法』実業之日本社・ホリデー新書 1971
  • 『易占い入門』実業之日本社 1972
  • 『自分でできる恋愛と結婚易占い』主婦の友社 主婦の友文庫 1974

映画[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 井上ひさし『ベストセラーの戦後史2』
  2. ^ 例えば、天野真人講述『三文易講話』鴨書店版(1911)
  3. ^ この方法は後に同種のコイン5枚に別種のコイン1枚を混ぜてこれを変爻とすることで、三変筮をシミュレートする方法へと発展した。