鳥辺野

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鳥辺野(とりべの)は、京都市の一地域を指す地域名。鳥部野鳥戸野とも書く[1]。平安時代以来の墓所として、北の蓮台野、西の化野とともに京都の三大墳墓地をなしている[2]徒然草源氏物語に登場し、藤原道長荼毘(だび)に付されたという[3]

鳥辺野の範囲[編集]

鳥辺野の範囲について、明確な定義はない。民間発掘調査会社「文化財サービス」が、

鳥辺野は平安京周辺にあった墓地の一つ。徒然草や源氏物語に登場し、藤原道長が荼毘だびに付されたという。同社は昨年12月~今年8月、約800平方メートルを調査。周囲を溝で区切った方形区画墓3基、木棺墓3基、供養塔「笠塔婆かさとうば」の断片など11世紀半ば~12世紀半ば頃の墓跡が出土した。  西側に方形区画墓2基が南北に並び、東側に木棺墓3基が直線上にあった。方形区画墓の一つは9・2メートル四方あり、平安貴族の墓の可能性があるという。石造の笠塔婆は平安時代では初の出土例で国内最古とみられるという。西山良平・京都大名誉教授(日本古代・中世史)は「鳥辺野の詳しい場所や墓の形状はわかっていなかった。規模や形が様々な墓が整然と並ぶ様子が推測される画期的な発見」と話している。

[2]

現在[編集]

  • 京都市東山区の清水寺から大谷本廟に通じるあたり[1]
  • 京都市東山区の清水寺南側に広がる野[1]
  • 大谷本廟東方の山腹にある墓地[4]
  • 大谷本廟一帯[5]

平安時代[編集]

  • 現在の地から阿弥陀ヶ峰にかけての地域[1]
  • 現在の五条坂付近から今熊野付近にかけての地域[1]
  • 阿弥陀ヶ峰(鳥辺山)の麓一帯[4]
  • 阿弥陀ヶ峰西麓一帯[6]
  • 阿弥陀ヶ峰を中心にして西方に広がる山麓一帯[2]
  • 北は大谷本廟付近から、南は一条天皇皇后定子陵のある鳥戸野陵付近までの地域[2]

鳥辺野を舞台とする作品[編集]

小説

脚注[編集]

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出典[編集]

  1. ^ a b c d e 鳥辺野/鳥部野(トリベノ)とは - コトバンク
  2. ^ a b c d 京都観光Navi:鳥辺野(駒札)
  3. ^ https://news.livedoor.com/article/detail/17057237/ 「平安京の葬送地「鳥辺野」墓跡か、複数出土…徒然草や源氏物語にも登場」2019年9月9日 22時51分 読売新聞オンライン 2019年9月19日閲覧
  4. ^ a b 京都観光Navi:鳥辺野
  5. ^ 「源氏物語ゆかりの地」説明板、鳥辺野(葬送の地)
  6. ^ 鳥辺野・鳥部野(とりべの)とは - コトバンク