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長宗我部水軍(ちょうそかべすいぐん)は、戦国時代の大名長宗我部氏が率いた水軍。
長宗我部元親の四国統一の補給部隊として活躍し、豊臣秀吉に臣従した後は小田原征伐・文禄・慶長の役にも参戦[1]し活躍した。池氏が中核であり、池頼和は長宗我部国親(元親の父)の娘を妻とするなど優遇されたが、後に自刃に追い込まれた。
- ^ このことは近世軍記物である『土佐物語』巻第十七に記述がみられ、朝鮮側の番船を引き寄せるため、熊手を用いたが、その間に射続けられ、多数の死傷者を出す事態となったことなどがみられる。
参考文献[編集]
関連項目[編集]