鈴木藤三郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
鈴木藤三郎

鈴木 藤三郎(すずき とうざぶろう、1855年12月26日安政2年11月18日) - 1913年大正2年)9月4日)は、日本の発明家・実業家・政治家(衆議院議員)。「日本製糖業の父」といわれる。

概要[編集]

遠江国周智郡森村(現・静岡県周智郡森町)出身。本姓は太田、幼名は才助。菓子商・鈴木伊三郎の養子となった。1883年(明治16年)、28歳のとき氷砂糖の製法を発明して以来、発明多数。機械の豊田佐吉とともに発明王・特許王と呼ばれ、日本の産業革命のリーダーの1人である。鈴木製糖所、日本精製糖株式会社、台湾製糖株式会社(現 大日本明治製糖)を設立。福川泉吾と共に周智農林学校(現 静岡県立遠江総合高等学校)を創設した。1903年の第8回衆議院議員総選挙、1904年の第9回衆議院議員総選挙に当選し衆議院議員を務めた。

1907年、日本醤油を設立するが、サッカリンの使用が問題になって1909年に失脚し、全財産を失う。晩年には釧路で水産工場、東京で澱粉製造所、静岡県佐野で農園を営んだ。1913年、胃癌のため死去[1]

脚注[編集]

  1. ^ 服部敏良『事典有名人の死亡診断 近代編』付録「近代有名人の死因一覧」(吉川弘文館、2010年)15頁

参考文献[編集]

外部リンク[編集]