重光帝

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重光帝 陳季拡
後陳朝
第2代皇帝
王朝 後陳朝
在位期間 1409年 - 1414年
姓・諱 陳季拡
生年 不詳
没年 重光6年(1414年
𩖃
元号 重光 : 1409年 - 1414年

重光帝(ちょうこうてい、ベトナム語: Trùng Quang Đế)は、後陳朝大越の第2代皇帝。名は陳 季拡(ちん きかく、ベトナム語: Trần Quý Khoáng)。

生涯[編集]

荘定王陳𩖃の庶子。陳朝の第9代皇帝・芸宗の孫にあたる。興慶3年(1409年)に伯父の簡定帝が功臣を殺した故に重臣の阮景異らに廃されると、彼らに擁立されて即位した。その後は容らと協力して反運動を続けたが(陳季拡の蜂起)、以前のような勢いは無く、重光5年(1413年)に順化州の戦いで明軍に大敗し、捕虜となった。

南京に護送された後、重光6年(1414年)に北京に連行されて永楽帝の命令で処刑された。なお、護送途中で入水したという説もある。

先代:
簡定帝
後陳朝の第2代皇帝
1409年 - 1414年
次代:
陳暠