農奴解放令

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農奴解放令の布告を聞く農民たち(ボリス・クストーディエフ画)

農奴解放令(のうどかいほうれい)とは1861年ロシア皇帝アレクサンドル2世によって発せられた条例。

クリミア戦争の敗北でロシアは技術的、経済的な遅れを明らかにし、農奴制を取っていたならば農業においての資本主義的な発展を妨げると判断されたために農奴解放令が発せられる事となった。

これに動揺する貴族たちに対して「われわれは遅かれ早かれこの問題を取り上げなければならない」「下からより上から始められる方がはるかによい」と述べて、側近の官僚とともに改革を主導した。

農民にとっては高額な償却費用が必要となったり、解放後も事実上共同体に縛り付けられるなど不十分ではあったが、法的には農奴制が廃止され農民は自由を得る事となった。

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