藤原四家

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藤原四家(ふじわらしけ)は、藤原不比等の4人の息子が興した藤原氏の四つの家の総称[1]。近年では藤原氏四家ともいう。

藤原はであり家名でも苗字でもないため、明治以前においては「藤原家」と称する公家は存在しない。藤原四家とは藤原家ではなく、藤原氏の「南家」、藤原氏の「北家」、藤原氏の「式家」及び藤原氏の「京家」の総称である。

脚注[編集]

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  1. ^ 武智麻呂の館は南に有るを以て南家(なんけ)と号し、房前公の館は北に有りて北家(ほっけ)と号す。宇合公は式部卿を兼ねられしも式家(しきけ)といひ、麿は左京大夫を兼ねられるを以て京家(きょうけ)とぞ号しけり。

関連項目[編集]