萱野長知

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萱野 長知(かやの ながとも、1873年10月12日 - 1947年2月14日)は日本の政治運動家・民間外交家で大陸浪人アジア主義者の代表的人物のひとり。高知県出身。

経歴[編集]

自由民権運動に傾倒するが、後に大阪時事通信社の社員となる。

後に中国に渡って中国語を学び、広東・香港で新聞通信員となり、辛亥革命中の孫文と知り合い、辛亥革命をアジア主義者として支援する。

日露戦争時は玄洋社が編成した満洲義軍に参加する。

満洲事変解決のために犬養毅の命を受け、蒋介石との停戦和平交渉に出向くが松井石根陸軍中将(当時)、外務官僚重光葵、書記官長森恪の妨害により、失敗した。1946年、貴族院議員に勅選された。

参考文献[編集]

  • 『アジア主義者たちの声(中)』宮崎滔天・萱野長知・北一輝著、発行:書肆心水。ISBN 9784902854428