紅玉院

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

紅玉院(こうぎょくいん、? - 寛文13年8月2日1673年9月12日))は、甲府藩主・徳川綱重継室

生涯[編集]

中納言綾小路俊景(『幕府祚胤伝』では山科言行)の娘として生まれる。寛文9年(1669年)に甲府藩主・徳川綱重の正室・隆崇院が没したため、寛文10年(1670年)に綱重に嫁いだ。その際、隆崇院の実父である関白二条光平の養女となり、さらに綱重の嫡母に当たる3代将軍・徳川家光の正室・鷹司孝子の養女となって綱重に嫁いだ。

寛文13年(1673年)、死去。戒名は紅玉院殿性誉法君清月。墓所は東京都港区にある天徳寺。

一説に牛丸(1673年 - 1673年)という男子がいたと言われるが不明。

参考文献[編集]

  • 『幕府祚胤伝』
  • 秋元茂陽『徳川将軍家墓碑総覧』(パレード、星雲社2008年