福岡易之助
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福岡 易之助(ふくおか やすのすけ、1885年 - 1931年)は、白水社の創業者。現在の秋田県横手市(旧雄物川町福地)出身。俳号は雄川。
略歴[編集]
旧制第三中学校(現秋田県立横手高等学校)から旧制第一高等学校を経て、東京帝国大学仏文科を卒業した。在学中に父が逝去したため、卒業後に帰郷し酒造業を継ぎ、農業振興にも力を入れる。1917年、農業振興に見切りをつけ上京。白水社を興してフランス文学の普及につとめる。日本で初めての仏和大辞典を編纂、これらの功績によりフランス政府よりレジオンドヌール勲章を受章する。
親族[編集]
姉の福岡珠子(田子静江)の夫である田子一民(盛岡市出身)で、石川理紀之助から教えを受けた政治家である。秋田魁新報(大正4年9月)に『篤農石川翁と九升田(一)~(四) 内務書記官 田子一民』がある。