石世

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
廃帝 石世
後趙
第4代皇帝
王朝 後趙
在位期間 349年
姓・諱 石世
元安
生年 建武5年(339年
没年 太寧元年(349年
武帝
劉皇后
年号 太寧 : 349年

石 世(せき せい)は、五胡十六国時代後趙の第4代皇帝

生涯[編集]

武帝石虎の子として生まれる。次兄の皇太子石宣が父に処刑された後、張豺は、母劉氏前趙劉曜の娘)の身分の高さを理由に、石世を新たな皇太子に推した。石虎は「俺は何と息子たちに悪縁があるのか。みなが父を殺そうと考えた。今、世は10歳だ。この子が大人になる頃には、俺はいない。」と言って、石世を皇太子にした。

太寧元年(349年)に石虎が崩御すると、石世が即位した。しかし、河内に駐屯していた九兄の石遵がこれに不満を抱き、軍を率いてきたため、石世は在位33日間(異説として22日間)で退位させられた。その後、譙王とされたが、母と共に殺された。享年11。

宗室[編集]

父母[編集]

兄弟[編集]

先代:
武帝
後趙の第4代皇帝
349年
次代:
廃帝彭城王