田代正治
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田代 正治(たしろ しょうじ、1892年(明治25年)9月11日[1] - 1983年(昭和58年)11月11日[2])は、日本の実業家、漁業家、政治家。衆議院議員。
経歴
[編集]新潟県中蒲原郡村松町(現五泉市)で素封家・田代兼次の三男として生まれる[1][3]。新潟県立新潟中学校を経て、1915年、農林省水産講習所(現東京海洋大学)漁撈科を卒業した[1][2]。
その後、佐渡島で漁業に従事[1]。1916年、青森県技手に就任[1]。1919年、日魯漁業の平塚常次郎に見いだされ同社に入社[1]。函館製網船具 (株) に転じて新川工場長に就任し漁網の改良に従事[1]。1931年に独立して漁網漁具製造販売業を営んだ[1][3]。また、函館産業社長、函館青果卸売市場社長、北海道方面委員、函館地方裁判所調停委員、函館調停協会理事などを務めた[1][2]。
1934年、函館市会議員、1936年、北海道会議員にそれぞれ選出[1][3]。1937年4月、第20回衆議院議員総選挙で北海道第三区から出馬して当選し、衆議院議員を一期務めた[2]。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
- 深井清蔵編『函館名士録』函館名士録発行所、1936年。
- 人事興信所編『人事興信録』第13版 下、1941年。