田中角栄を政界から追放する勝手連

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田中角栄を政界から追放する勝手連(たなかかくえいをせいかいからついほうするかってれん)は、福田拓泉撫子夫妻が20余有していた個人政党の内の一つ。略称「勝手連」。

概観[編集]

  • 1983年第13回参議院議員通常選挙に、確認団体として結成。
  • 比例代表区に1名(福田拓泉)、選挙区には1977年第15回参議院議員通常選挙日本女性党の公認候補者として名を連ねていた者や、後に老人福祉党の幹部となる者を含む、9名が立候補したが、全員落選した。
  • 地方区出馬の各候補の選挙公報は、氏名と顔写真以外内容は殆ど同一で、新聞・雑誌のショッキングな見出し活字の切り貼りにより、田中角栄の政界からの追放、金権政治打破による政界浄化を叫ぶものであった。
  • 選挙終了後、地方区に出馬していた候補者の一部が、「知らぬ間に立候補届を提出されていた」と代表の福田拓泉を告訴し、福田が捜査当局の取り調べを受ける騒動が起きたが、「立候補については福田に一任する」旨の署名文書の存在が明らかになったため、嫌疑不十分で起訴猶予になった。
  • 福田の選挙組織としては、同年春の文京区長選挙の「田中角栄を追放する勝手連」に続いて「勝手連」を名称に使用している。北海道知事選挙で一躍有名になった「勝手連」に便乗した形であるが、「勝手連」が有権者に注目される時期が過ぎた後は福田は「勝手連」を組織名称には使用していない。

関連項目[編集]