田中右橘

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大阪控訴院長時代の田中右橘(右端)。1937年3月17日に同院を見学する久邇宮家彦王を案内する。

田中 右橘(たなか うきつ、1875年7月 - 1963年12月22日)は、日本の元裁判官東京控訴院長や大審院判事などを歴任し[1]、八幡大学(現・九州国際大学)初代学長を務めた[2]従四位勲三等。族籍は鹿児島県士族[3]

略歴[編集]

講演(記)[編集]

  • 改正民事訴訟法について[5]
  • 裁判と民衆より
  • 司法記念日講演会 報知新聞本社講堂 1930年10月1日 報知新聞発行

脚注[編集]

[脚注の使い方]

参考資料[編集]

  • 『八幡大学大学史』(学校法人八幡大学、1980年)