獅子ケ城

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獅子ケ城
佐賀県
三の丸南櫓の石垣
三の丸南櫓の石垣
別名 鹿家城、獅子城
城郭構造 山城
築城主 源披
築城年 治承年間
主な城主 源氏鶴田氏
廃城年 文禄2年(1593年
遺構 石垣
指定文化財 県史跡

獅子ケ城(ししがじょう)は佐賀県に存在した日本の城山城)。

概要[編集]

松浦党源披治承年間に築城した。唐津市にある白山の山頂、標高196mに位置し、城の周囲は急な崖となっている。有明海玄界灘分水界に近く防衛の拠点となったが、息子の源持が平戸に移ったため廃された。

その後、天文年間頃に松浦党の鶴田前が城主となり復興している。大友氏龍造寺氏後藤氏などの勢力の境界に位置し、天文13年(1544年)には龍造寺氏は攻撃したが失敗し、翌14年(1545年)には5日間占領したものの奪回されている。

永禄年間には波多氏が数回にわたって来攻したが、撃退している。天正5年(1577年)に波多親が上松浦松浦党の首領となると、城主の鶴田賢はこれに服属した。やがて波多氏が追放されると文禄2年(1593年)に後藤氏の家臣となり、城は廃された。

参考文献[編集]

関連項目[編集]