犬尾城

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犬尾城
福岡県
別名 川崎城、河崎城、犬尾笹山城、生駒城
城郭構造 山城
天守構造 なし
築城主 河崎貞宗
築城年 建久2年(1191年
主な城主 河崎氏
廃城年 天正15年(1587年
遺構 土塁、空掘
指定文化財 なし
再建造物 なし
位置 北緯33度13分38.5秒
東経130度36分43.6秒
地図
犬尾城の位置(福岡県内)
犬尾城
犬尾城

犬尾城(いぬおじょう)は、福岡県八女市にかつて存在した日本の城山城)。

概要[編集]

星野川の北側、標高約180mの南向きの尾根上に築かれた。本丸は南北32m、東西9mでその西側に二の丸があった。本丸と二の丸の間には堀切、本丸北側には土塁が存在した。当城の東と南に、それぞれ支城として茶臼山城鷹尾城が築かれている。城主の居館は南麓にあった。

建久2年(1191年)に猫尾城主黒木助能の嫡男の河崎貞宗によって築かれた。その後、代々城主を務めた河崎氏大友氏に属したが、永正16年(1519年)と大永5年(1525年)の2度にわたり反抗している。天正8年(1579年)には龍造寺隆信に攻められて落城したが、その後は島津氏に属し、城主・河崎鎮堯(鎮則)が当城を修築している。天正15年(1587年)の九州征伐豊臣秀吉に抵抗して敗れ、当城は廃城となった。

参考文献[編集]

関連項目[編集]