「ブリオッシュ」の版間の差分

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[[アルフォンス・カー]]は、[[1843年]]に出版した『悪女たち』の中で、執筆の際にはこの発言は既にマリー・アントワネットのものとして流布していたが、1760年出版のある本に「[[トスカーナ大公国]]の公爵夫人」のものとして紹介されている、と書いている。
{{要出典範囲|トスカーナは1760年当時、マリー・アントワネットの父である[[フランツ・シュテファン]]が所有しており、その後もハプスブルク家に受け継がれたことから、こじつけの理由の一端になった}}、ともされる。
 
{{要出典範囲|当時のフランス法には、「食糧難の際にはパンとブリオッシュを同じ値段で売ること」となっていた}}との説もあり、{{要出典範囲|そのことがこの発言伝説の下敷きのひとつになった}}とも言われる。ちなみに、{{要出典範囲|ブリオッシュが[[バター]]や[[卵]]を利用したお菓子とほぼ同じとみなされるパンを示すようになったのは18世紀後半からであり、18世紀初頭まではチーズやバターなどの各地方の特産物を生地に混ぜて栄養性と保存性を高めた保存食という乾パン的位置づけであったため、その元ネタとなる発言は時代によって大きく意味が異なる}}。{{要出典範囲|そのため、ルイ16世の妃の発言説だと、当時の為政者としてはごく当たり前な(むしろ民衆を気遣う内容の)発言であったのを後世の人間が歪曲して引用したということになる}}、とも言われる。
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