「柳家小きん (11代目)」の版間の差分

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'''柳家 小きん'''(やなぎや こきん)は、[[落語]]の[[名跡]]。当代は11代目。
'''柳家 小きん'''(やなぎや こきん)は、[[落語]]の[[名跡]]。当代は11代目。


[[柳派]]における出世名となっており、名だたる落語家が主に二つ目に昇進する時にこの名を名乗っている。真打昇進もこの名を名乗り続ける落語家少ないため、小きんの名には代数を付けない文献が多いが、ここでは便宜上代数を付する。
[[柳派]]における出世名となっており、名だたる[[落語家]]が主に二つ目に昇進する時にこの名を名乗っている。当代は真打昇進小きんを名乗り続けているが、かつては二つ目クラスの名とう認識が強く、真打昇進後に別の名跡を襲名する例が多かったため、小きんの名には代数を付けない文献が多いが、ここでは便宜上代数を付する。


==歴代==
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*8代目柳家小きん - [[1951年]]に小満輔から小きんに改名。[[1961年]]に[[柳家小せん|4代目柳家小せん]]を襲名。
*8代目柳家小きん - [[1951年]]に小満輔から小きんに改名。[[1961年]]に[[柳家小せん|4代目柳家小せん]]を襲名。
*9代目柳家小きん - [[1963年]]に小助から小きんに改名。[[1980年]]に6代目[[柳家つば女]]を襲名。小きん時代に[[笑点]]のレギュラー経験あり。
*9代目柳家小きん - [[1963年]]に小助から小きんに改名。[[1980年]]に6代目[[柳家つば女]]を襲名。小きん時代に[[笑点]]のレギュラー経験あり。
*10代目柳家小きん - [[1981年]]に小太郎から小きんに改名。[[1985年]]に[[桂三木助 (4代目)|桂三木助]]を襲名。小きん時代はレポーターとして活躍。
*10代目柳家小きん - [[1981年]]に小太郎から小きんに改名。[[1985年]]に[[桂三木助 (4代目)|4代目桂三木助]]を襲名。小きん時代はレポーターとして活躍。
*11代目柳家小きん - 本項で詳述。
*11代目柳家小きん - 本項で詳述。



2007年1月24日 (水) 13:51時点における版

柳家 小きん(やなぎや こきん)は、落語名跡。当代は11代目。

柳派における出世名となっており、名だたる落語家が主に二つ目に昇進する時にこの名を名乗っている。当代は真打昇進後も小きんを名乗り続けているが、かつては二つ目クラスの名という認識が強く、真打昇進後に別の名跡を襲名する例が多かったため、小きんの名には代数を付けない文献が多いが、ここでは便宜上代数を付する。

歴代

当代

11代目柳家 小きん1967年11月22日 - )は、東京都出身の落語家。本名は渡辺雅彦。落語協会所属。出囃子は春風がそよそよ。趣味は食べ歩き、限度を超す利き観劇格闘技観戦。

父は同じく落語家の6代目柳家つば女であり、つば女を襲名する前までは小きんを名乗っていた。

略歴