無極志玄

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無極志玄(むきょくしげん、弘安5年(1282年)- 延文4年/正平14年2月16日1359年3月15日))は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての臨済宗。父は順徳天皇の孫尊雅王。諱は志玄。道号は無極。諡号は仏慈禅師。

13歳のとき京都安部の願成寺出家得度し、東寺東福寺などで修学した。その後、夢窓疎石の門に入り南禅寺臨川寺に住した。1346年疎石の法を継いで京都天竜寺の第2世となった。