渡嘉敷通寛

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渡嘉敷親雲上通寛 (とかしき ウェーカタ つうかん、乾隆59年(1794年) - 道光29年(1849年))は琉球国第二尚氏王統の人。医師本草学者首里出身。唐名は呂 継続(りょ けいぞく)。

1817年嘉慶22年)に若くしてへ渡り、北京太医院で中国の食医学の権威である張垣に師事ぶ。帰国後に琉球王府の侍医頭となる。1824年(道光4年)に再び北京へ留学し、張水清精神病の一種・積瘋の治療法を修得し、王家の治療に尽くした。

渡嘉敷通寛が1832年に著した『御膳本草』は琉球食療法の重要な指導書である。

彼が『琉球百問』中の呂鳳儀であるともいわれている。