歌川豊宣

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歌川 豊宣(うたがわ とよのぶ、安政6年〈1859年〉11月 ‐ 明治19年〈1886年8月10日)とは、明治時代浮世絵師

来歴[編集]

二代目歌川国久の長男。三代目歌川豊国の孫で、歌川国峰は弟。姓は勝田、名は金太郎。画姓は歌川を称し、香蝶楼、一陽斎と号す。本所亀戸町に住んでいた。明治時代に「近世桜田の雪」や「天覧大相撲図」などのほか、役者絵武者絵、和歌集の挿絵などを残している。明治14年(1881年)刊行の『近世文武名誉百人首』(谷壮太郎編)、明治15年(1882年)刊行の『演説家百詠選』(谷壮太郎著)二巻の挿絵が知られる。明治16年(1883年)に描かれた「新撰太閤記」は織田信長を主人公にしており、荒木集成館所蔵の作品は、豊臣秀吉が信長に、桶狭間の戦いにおける前田利家の勇戦を報告する場面を描く。明治17年(1884年)には絵画共進会に出品し、受賞している。享年28。

作品[編集]

  • 「梅ケ谷土俵入天覧之図」 大判 錦絵3枚続 早稲田大学図書館所蔵
  • 「板垣君遭難之図」 大判 錦絵3枚続 早稲田大学図書館所蔵
  • 「新撰太閤記[1][2]」大判 錦絵2枚続 石川県立美術館所蔵
  • 「新撰太閤記 知識と先見は実に普し」大判 錦絵2枚続 秀吉清正記念館名古屋市)所蔵
  • 「新撰太閤記 羽柴秀吉柴田勝家ニ按摩ヲスルノ図」 大判 錦絵2枚続 愛知県図書館所蔵
  • 「新撰太閤記」大判 錦絵2枚続 荒木集成館所蔵
  • 「尾州桶狭間合戦」 大判 錦絵3枚続 荒木集成館所蔵
  • 「賤ヶ嶽大合戦之図」 大判 錦絵3枚続
「尾州桶狭間合戦」 明治15年(1882年)
「新撰太閤記 此の人にして此病あり」 明治16年(1883年)
「新撰太閤記」 木下藤吉郎と手合わせをする松下加兵衛
「賤ヶ嶽大合戦の図」 明治16年(1883年)

関連項目[編集]