橘ノ圓 (3代目)
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| 3代目 | |
| 本名 | |
|---|---|
| 生年月日 | 1935年8月27日 |
| 没年月日 | 2014年5月29日(78歳没) |
| 出身地 | |
| 死没地 | |
| 師匠 | 4代目三遊亭圓馬 |
| 弟子 | 5代目三遊亭圓馬 橘ノ杏奈 橘ノ圓満 橘ノ双葉 |
| 名跡 | 1. 三遊亭冨太馬 (1954年 - 1958年) 2. 三遊亭扇馬 (1958年 - 1969年) 3. 3代目橘ノ圓 (1969年 - 2014年) |
| 出囃子 | 大拍子 |
| 活動期間 | 1954年 - 2014年 |
| 所属 | 日本芸術協会 →落語芸術協会 |
| 備考 | |
| 落語芸術協会理事(1994年 - 2014年) | |
3代目 橘ノ 圓(たちばなの まどか、1935年8月27日 - 2014年5月29日)は、山形県南陽市出身の落語家。落語芸術協会理事。本名∶布施 重雄。
経歴
[編集]南陽市立梨郷中学校を卒業。ガラス工場などの社会人を経験した後、1954年9月、4代目三遊亭圓馬に入門。三遊亭冨太馬で初高座を踏む。1958年3月に二ツ目に昇進し三遊亭扇馬と改名。[要出典]
1969年4月、3代目桂圓枝、2代目春風亭梅橋とともに真打昇進し、3代目橘ノ圓を襲名した。
2014年5月29日午前2時40分 肺炎のため埼玉県三郷市内の病院で死去(満78歳没)[1]。戒名は「天真院和樂圓證信士」[2]。墓所は東京都葛飾区の南蔵院 [要出典]。
没後、同じ落語芸術協会に所属する桂夏丸が『橘ノ圓物語』という新作を演じている。
弟子
[編集]直弟子
[編集]移籍
[編集]人物
[編集]江戸落語の中でも、主に古典落語を高座にかけた。高座では「縁(圓)があったら“ま〜ど〜か(圓)”、よろしく御願い致します」という挨拶が恒例だった。[要出典]
1958年、師匠の古今亭今輔と関係が悪化、落語家を休業状態になっていた古今亭今児との間をとりもち、今児が桂米丸のもとで桂歌丸として落語家に復帰するきっかけを作ったのが圓である[3]。
同郷の横綱柏戸を贔屓にし、化粧回しを送るなど、柏戸も兄貴と慕っていた[4]。
立川談志とは修業時代を共にした仲。
脚注
[編集]- ↑ 「落語家の橘ノ圓さん、肺炎で死去 78歳」『サンケイスポーツ』2014年5月29日。2014年5月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。
- ↑ 「橘ノ圓さんの通夜に500人が参列、歌丸「愉快な人だった」」『サンケイスポーツ』2014年6月1日。2014年6月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。
- ↑ 「桂歌丸~第4回 浪人生活」『にぎわい座芸人伝』横浜にぎわい座。2023年12月8日閲覧。
- ↑ http://www.manhole.jp/madokakasiwado.pdf
- ↑ “圓の家庭料理の店”. ぐるなび. 2019年9月28日閲覧。
- ↑ 『落語ファン倶楽部 別冊 東西全落語家一門名鑑』白夜書房、2014年4月5日、88-89頁。ISBN 9784864940177。
参考文献
[編集]- 橘ノ圓 - ウェイバックマシン(2014年8月12日アーカイブ分) - 落語芸術協会ホームページ内プロフィール
- WOWOWホームページ - ウェイバックマシン(2006年5月15日アーカイブ分) - WOWOWホームページ内 WOWOW寄席 ザ・落語 プロフィール