桐山城

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桐山城(きりやまじょう)は鳥取県岩美郡岩美町浦富に存在した日本の城浦富海岸の背後にそびえる標高203mの木山に築城された。但馬から因幡にかけての海岸線に多く存在する海賊城の一つで、但馬・因幡の海上交通路を扼する要衝だった。

歴史[編集]

構造[編集]

桐山城の構造[編集]

  • 山頂部に主要な曲輪が存在するが、全体的に簡素な陣城的な作りである。
  • 主郭は南北に細長い154mの瓢箪型をしている。主郭の北側に物見櫓が存在したと考えられる23m×4.5mの土壇がある。
  • 主郭の中央部から東方に谷が落ち込んでいるが、その谷を囲む形で主郭の北端から北翼8郭、主郭の南端から南翼5郭が配置されている。
  • 中腹にもいくつかの小曲輪がある。
  • 城の東を大手としており、垣屋氏の居館も東麓に置かれた。
  • 城の西尾根には何の工作もされておらず、ほぼ無警戒である。

長谷の御屋敷[編集]

  • 桐山城の東方5kmほどの長谷集落に「御屋敷」と呼ばれる石塁が残っている。鳥取県下では珍しい穴太積みの石塁である。垣屋恒総が築城途中で関ヶ原の戦いに遭遇し、そのまま工事が中断されたと伝えられている。

関連項目[編集]