松平濱子

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松平 濱子(まつだいら はまこ、1881年11月13日 - 1967年3月16日[1])は、日本の教育者。学校法人関東学園の創設者である[2]。旧姓は細谷[1]

来歴[編集]

群馬県佐波郡に生まれる[2]日本女子大学校(当時は専門学校)に進学し、その最初の卒業生となった[2]東京帝国大学が聴講生として女性の受講者を認めた際に、その最初のひとり(国文学専攻)ともなっている[2]

1924年、現在の東京都新宿区西新宿(当時は淀橋町)に「関東高等女学校」を開設し、これが関東学園の始まりとなる[2]太平洋戦争空襲で校舎を失ったため、1946年館林市で「関東女子専門学校」(関東短期大学の前身)を開校した[2]

歌集[編集]

  • 『折にふれて』
  • 『続折にふれて』

脚注[編集]

  1. ^ a b 松平浜子 - コトバンク(デジタル版日本人名大辞典+)
  2. ^ a b c d e f 沿革 - 関東学園大学

外部リンク[編集]