松平勝広

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松平 勝広(まつだいら かつひろ、慶長19年(1614年) - 寛文12年12月23日1673年2月9日))は、上総佐貫藩の嫡子。旗本松平重長松平重勝の次男)の長男。母は毛利高政の娘。正室は今川直房の娘。子は松平勝制(長男)、松平勝信(次男)、松平勝房(三男)、娘(松波勝令室)、娘(佐野正房室)、娘(久松松平勝秀室)。官位は従五位下、美濃守。

叔父の松平勝隆の嫡男・重隆が早世したため、養子に迎えられて嫡子となる。寛永9年(1632年徳川家光に拝謁し叙任する。翌年には養父勝隆が加増されて佐貫藩主となったため、勝広も佐貫藩嫡子となった。しかし、寛永12年(1635年)に廃嫡され、代わって重治が養子に迎えられた。寛文12年(1672年)、59歳で没した。