李玉善

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李 玉善イ・オクソン이옥선)は韓国の韓国のナヌムの家で生活する韓国人女性活動家。2000年に中国政府から韓国に引き渡され、従軍慰安婦問題の被害者として日本に謝罪を求める政治運動に参加している。朝鮮日報の報道では、米国ニュージャージー州バーゲン郡の郡長と面会し、同群の慰安婦の碑建立に尽力した、としている[1]。元朝日新聞出版局写真記者によるサポートを受け、海外でも活動している[2][3]

2014年6月16日、ナヌムの家で共同生活する元従軍慰安婦らと共に、朴裕河が2013年8月に出版した『帝国の慰安婦』の出版を差し止め、名誉棄損による損害賠償を訴えた。イは「血が沸いて肉が震えて言葉もない」と訴えた[4]

証言[編集]

1942年15歳のときに、延吉で「買い物に行く途中で2名の男に捕まり、トラックの荷台に押し込まれた。」と証言している[5]。ただし、拉致された男性については、「朝鮮男 2人[6]」により連れ去られたと語っていたが、「日本人と朝鮮人の男[5]」に捕まったと証言を変えている。慰安婦としては1日に40-50人の男性を相手にしていたと証言している。[7]

脚注[編集]

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  1. ^ 朝鮮日報日本語版 2013.7.17 慰安婦:「慰安所はと殺場のようだった」
  2. ^ 「日本の人」の音聞いても気を悪くしない日本人 2013.09.04 [1]
  3. ^ ドイツ シュピーゲル紙 2013年9月3日 Zwangsprostitution im Zweiten Weltkrieg:Japans Schande[2] "Tsukasa Yajima hat alles auf seinem Laptop, Schwarz auf Weiß, die Fotos der Überlebenden. Es ist 8 Uhr morgens, er sitzt in einem Bus nach Frankfurt..."
  4. ^ 元従軍慰安婦ら、「帝国の慰安婦」の著者パク・ユハ教授と出版社を告訴 サーチナ 2014年6月18日
  5. ^ a b 害者の証言からみた慰安所連行状況
  6. ^ 李玉善(イ・オクソン)の証言
  7. ^ 2016/01/26 17:16 統合ニュース 위안소라니 사형장이었다" 日시민들 숙연케한 피해할머니 증언 "하루에 40∼50명을 어떻게 접대하겠는가. 차라리 죽고 말지. 위안소는 무슨 위안소냐. 사람 죽이는 사형장이지." [3]

関連項目[編集]