本田弥市郎

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本田弥市郎

本田 弥市郎(ほんだ やいちろう、1868年2月3日明治元年1月10日[1]) - 1944年12月29日[2])は、日本実業家政治家衆議院議員(通算4期)。

経歴[編集]

三重県出身[2]司法省法学校で学んだ後、日本産業銀行、船場銀行各支配人、才賀電気商会副支配人、松阪軽便鉄道(株)監査役、松阪電気鉄道(株)取締役[2]、大阪厚生信用組合専務理事、大阪府信用組合連合会監事などを歴任する[2]。他に豊崎町議、大阪市会議員を務め[2]1929年の衆議院議員再選挙で大阪4区(当時)から立憲民政党公認で立候補して初当選した。以来当選4回。1942年翼賛選挙では非推薦で立候補して落選した。1944年死去。

脚注[編集]

  1. ^ 衆議院『第五十八回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1930年、5頁。
  2. ^ a b c d e 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』577頁。

参考文献[編集]

  • 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年11月。
  • 楠精一郎著『大政翼賛会に抗した40人 自民党源流の代議士たち』朝日新聞社、2006年。