本光国師日記

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本光国師日記』(ほんこうこくしにっき)は、禅僧で、江戸時代初期に活躍した金地院崇伝日記慶長15年(1610年)から寛永10年(1633年)まで20年以上に渡る。原題は『案紙』。全47巻47冊。原本は金地院が所蔵しており、『紙本国書本光国師日記』として国の重要文化財に指定されている。内容は書状の写しなどが多い[1]

崇伝自身が幕府の政策決定に関わっていたことから、寺社朝廷に対する幕府の政策などを知ることができる貴重な史料。のちに新井白石が、この日記の重要性に鑑み、正徳3年(1713年)、金地院に命じて写本を提出させた。このときの記録では全47冊となっているが、1904年明治37年)2月18日付で古社寺保存法により丙種国宝(現行制度では重要文化財に該当)に指定された際の記録では46冊となっており[2]、第47冊は内閣文庫所蔵の写本でしか確認できない[1]

刊本[編集]

  • 『本光国師日記』全5巻〈大日本仏教全書 第138-142冊〉(仏書刊行会、1915年 - 1922年)
  • 『新訂 本光国師日記』全7巻(副島種経校訂、続群書類従完成会、1966年 - 1971年)

脚注[編集]

  1. ^ a b 高木昭作、「本光国師日記」、国史大辞典編集委員会編 『国史大辞典』12巻、1991年ISBN 4-642-00512-9 
  2. ^ 明治37年2月18日内務省告示第10号