日本語世代

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

日本語世代(にほんごせだい)とは、第二次世界大戦以前の大日本帝国の海外領土(外地)で生まれ、教育を受けた世代を指す。この世代は朝鮮台湾太平洋諸島を中心に現在も日本語を流暢に操るとされている。

概要[編集]

日本の外地経営は、欧米の植民地支配と大きく異なっていた。日本が経営した朝鮮・台湾・関東州はいずれも日本人と見た目では区別できない東洋人(黄色人種)であり、支配する白人と支配される側の有色人種を厳密に区別していた欧米とは異なり、帝国臣民としての同化政策をとる傾向が強かった。

欧米の植民地経営は従来の専制的な支配機構を温存し、被支配民をあえて無知にすることで円滑な支配を目指したのに対し、日本は従来の支配機構を廃止して自国の中央集権的な統治体制に組み込むとともに、積極的なインフラ投資を行い、自国に有利に働く教育を普及させることで現地の近代化を目指した。

台湾[編集]

台湾において日本語世代とは、日清戦争後から第二次世界大戦終結まで教育を受けた世代を指す。

初の海外領土となった台湾を日本政府は抵抗勢力には苛烈な攻撃を加える一方、後藤新平台湾総督府民政長官をはじめとする国の規模からみて過剰ともいえる情熱を注いで開発事業を行った。その結果、化外の地と呼ばれていた台湾に上下水道、ダム、インフラ整備の整った地へと姿を変えることになる。

日本語教育も積極的に行い、その結果台湾に存在した言葉の壁を取り払ったと高く評価する台湾人も少なくない。今でも原住民の中高年層と他民族の老齢層の共通語として機能している。「運将」(うんちゃん)「多桑」(とーさん)など日本語からの借用語も若年層に根付いているほか、若者でも日本語を解する者は多い。

著名な日本語世代としては金美齢李登輝がいる。特に李登輝は「日本語でものを考える」と自称するほどの大の親日家として知られる。

朝鮮[編集]

朝鮮において日本語世代とは、一般的に韓国併合から第二次世界大戦終結まで教育を受けた世代を指す。

朝鮮においては重要な食料、工業基地として積極的開発を行い、人口の倍増、識字率の上昇に貢献したが、韓国側は三・一独立運動などの独立運動や武力蜂起に対して弾圧を加え、朝鮮文化の否定を行ったと主張しており、現在も続く歴史認識をめぐる日本と南北朝鮮の対立の火種となった。

日本語教育に対しては親日がタブー視される社会情勢のため、南北朝鮮ともに「民族の誇りを砕く行為」と否定的であり、老齢層が積極的に日本語を使用するのはあまり歓迎されないようであるが、日本語教室を開いたり、旅行で困っている日本人旅行客を助けている例もある。

著名な日本語世代は朴正煕金大中が有名。朴正煕は旧日本軍の軍人だったため日帝強占下反民族行為真相糾明に関する特別法において配慮された。

太平洋諸島[編集]

ここではパラオを取り扱う。

パリ講和会議から第二次世界大戦終結に教育を受けた世代が日本語世代である。

パラオは周辺諸島における植民地統治の中核的な島となり、多くの日本人が移住しパラオ支庁管内の住民の4人に3人は日本人となった。台湾、朝鮮同様病院・道路など各種インフラの整備も重点的に行われ、1920年代頃になるとコロールは近代的な町並みへとその姿を変貌させていったが、あくまでも委任統治領にすぎなかったためパラオ先住民に日本国籍が与えられることはなかった。

現在のパラオでは日本語は日常語ではないが、パラオ先住民には五年制の日本語教育を施している。「ツカレナオース?」(飲みに行かないか? のニュアンス)など、現在でも日本語が変化を遂げて現地の言葉として定着し、名前に日本名を付ける親も多い。また、同国のアンガウル州は世界で唯一日本語を公用語として認めていることで知られる(日本には公用語を定めた法令は存在しない)。

関連項目[編集]