御坂城

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御坂城(みさかじょう)は甲斐国(現在の山梨県南都留郡富士河口湖町)にかつてあった日本の城である。

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御坂城
山梨県
城郭構造 山城
天守構造 なし
築城主 不明
築城年 不明
主な城主 不明
廃城年 天正10年(1582年
遺構 土塁、堀
指定文化財 なし
位置 北緯35度33分24.2秒
東経138度45分49.5秒

概要[編集]

築城年代は不明だが、戦国時代に甲斐武田氏が築いたといわれている。 天正10年(1582年)3月、織田・徳川連合軍による甲州征伐によって武田氏は滅亡する同年6月、織田信長本能寺の変に倒れると、相模国北条氏直三河国徳川家康らが甲斐・信濃を巡り争う(天正壬午の乱)。甲斐では七里岩一帯において北条・徳川両氏が対峙し、御坂城は都留郡を制圧した北条軍の前線の城となる。御坂城には北条一族の北条氏忠が修築し、その守備についた。北条・徳川間で和睦が成立すると北条氏は撤兵し、甲斐国は徳川家康のものとなり、城もそのまま廃城となったと思われる。

城地の所在場所は長らく不明であったが、昭和43年(1968年)、御坂城の古地図が発見され、調査の結果遺構も発見された。

関連項目[編集]