平野鍋吉

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平野 鍋吉(ひらの なべきち、1868年7月13日明治元年5月24日[1]) - 1932年昭和7年)12月31日[2])は、日本政治家実業家徳島県吉野川市出身。徳島県立徳島中学校卒業。

経歴[編集]

麻植郡山川町瀬詰(現在の吉野川市)で生まれる。実家は代々酒造業、藍商を営んでいる[3]

後に鉱山業に転じ海部郡の浅川鉱山で成功し、後に三菱鉱業に譲渡した[3]

徳島県会議員を経て1930年昭和5年)に第17回衆議院議員総選挙に当選。その後、貴族院議員に立候補をしたが、病のため辞退した[3]

1932年(昭和7年)、65歳で没する。

脚注[編集]

  1. ^ 衆議院『第五十八回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1930年、28頁。
  2. ^ 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』538-539頁。
  3. ^ a b c 『阿波人物志』p193

参考文献[編集]

  • 『阿波人物志』原田印刷出版、1973年。
  • 『明治徳島県官員録職員録』徳島県教育会、1969年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。