島崎鶏二

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島崎 鶏二(しまざき けいじ、1907年9月8日 - 1944年10月10日)は、大正時代-昭和時代初期の画家。父は島崎藤村。現在においては、画家としてより、精神的に不安定だった父をよく補佐した「秘書」としての役割のほうが高く評価されている人物である。

来歴[編集]

1907年に藤村の次男として長野県に生まれる。早くから画家を志し、上京して川端画学校に進学。1929年フランスに留学、アンリ・マティスパブロ・ピカソを研究。1931年に帰国後は二科会を中心に出品し、1934年には特待待遇、1937年には正会員に推薦される。岡田謙三と共に当時の二科会の両輪とも言われたが、1943年に召集され、1944年、従軍先のボルネオ島にて飛行機事故により戦死。享年37。

画風は詩的で哀愁を帯び繊細、と評され、父・藤村の作風にも通じる物があるとも言われる。

弟の蓊助も鶏二の影響を受けて画家となった。