岡田美子

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岡田美子
誕生 1902年(明治35年)6月20日
鳥取県西伯郡御来屋村(現大山町
死没 1966年(昭和41年)4月18日
職業 小説家
国籍 日本の旗 日本
代表作 「家風の中の女」「谷間」
子供 伊良子 朴(養子。伊良子清白の三男)
親族 伊良子清白(義兄)
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岡田 美子(おかだ よしこ、1902年(明治35年)6月20日 - 1966年(昭和41年)4月18日)は小説家劇作家。 国府町(現・鳥取市)に嫁いだ後、岸田國士に師事するなどしながら、戯曲や小説を発表した。

略歴[編集]

鳥取県西伯郡御来屋村(現在の大山町)に生まれる。1919年(大正8年)、姉清子が医師岡田道壽と結婚する。1922年(大正11年)、鳥取県立米子高等女子高卒業。庄内小学校の代用教員となる。姉、清子が死去。1923年(大正12年)、教員を退職する。義兄岡田道壽と結婚する。1929年(昭和4年)、姪の伊良子不二子が睡眠薬で自殺する。1932年(昭和7年)、私淑していた岸田國士の元に上京し、師事する。1937年(昭和12年)、鳥取の文芸誌「無名の作家」の同人となる。1941年(昭和16年)、『山陰文化』に「谷間」を発表。1952年(昭和27年)、小谷治子、鷲見まさ子らと女流文芸誌「女人文芸」を創刊する。1957年(昭和32年)、夫道壽が75歳で死去。1966年(昭和41年)2月18日、心不全発作で脳血栓を生じる。4月18日、鳥取県立中央病院で死去。4月20日、国府町文化協会葬として葬儀が行われる。1996年(平成8年)9月10日、鳥取女流ペンクラブが、尾崎翠、田中古代子、岡田美子の生誕百年記念文学レリーフを鳥取県立図書館に寄贈する。[1]代表作は「谷間」[2]、「家風の中の女」。[3]

作品[編集]

  • 「あの娘、この娘」(1929(昭和4年)脱稿)
  • 「夏まつり」(1935(昭和10年)俳句雑誌「野火」)
  • 「猫」(1937(昭和12年)3月「無名作家」(鳥取の文芸誌))随筆
  • 「甚太郎一家」(1937(昭和12年)8月「無名作家」(鳥取の文芸誌))創作
  • 「銭を捨てた話」(1938(昭和13年)1月「無名作家」(鳥取の文芸誌))創作
  • 「生命の灯」(1938(昭和13年)3月「無名作家」(鳥取の文芸誌))創作
  • 「お祷の宿」(1939(昭和14年)1月「山陰文化」)創作
  • 「元旦」(1939(昭和14年)2月「山陰文化」)創作
  • 「いたつき」(1939(昭和14年)7・8月「山陰文化」)創作
  • 「常客」(1939(昭和14年)9月「山陰文化」)創作
  • 「旱天日記」(1939(昭和14年)11月「山陰文化」)創作
  • 「嫁さがし」(1940(昭和15年)1月「山陰文化」)創作
  • 「冬」(1940(昭和15年)2月「山陰文化」)創作
  • 「若草」(1940(昭和15年)3月「山陰文化」)創作
  • 「親ら」(1940(昭和15年)6月「山陰文化」)創作
  • 「夢」(1940(昭和15年)9月「山陰文化」)創作
  • 「颱風」(1940(昭和15年)11月「山陰文化」)創作
  • 「谷間」(1941(昭和16年)5月「山陰文化」)創作
  • 「馬鈴薯の花」(1941(昭和16年)7月「山陰文化」)創作
  • 「村医住宅」(1942(昭和17年)1月~1943(昭和18年)3月「因伯文化」)創作
  • 「百姓道徳」(1942(昭和17年)11月「因伯文化」)創作
  • 創作集「生命の灯」(1943(昭和18年)7月、昭和刊行会)
  • 「バス乗場にて」(1943(昭和18年)2月「因伯文化」)創作
  • 「「生命の灯」出版にあたりて」(1943(昭和18年)8月「因伯文化」)創作
  • 「鍬」(1946(昭和21年)8月「山陰」)創作
  • 「米」(1947(昭和22年)「解放」2号)創作
  • 「ほうねん柿」(1947(昭和22年)11月「山びこ」)童話
  • 「黄すずめ」(1948(昭和23年)9月「山びこ」)童話
  • 「金の鳥」(1948(昭和23年)10月「山陰」)創作
  • 「伸びる頃」(1949(昭和24年)9月「山陰」)創作
  • 「土の女」(1950(昭和25年)6月2日~27日「日本海新聞」)連載
  • 「晴着」(1951(昭和26年)1月「山陰」)創作
  • 「棺桶といも」(1952(昭和27年)2月「女人文芸」)創作
  • 「文芸生活」(1952(昭和27年)9月「女人文芸」)創作
  • 「米」(1953(昭和28年)6月「女人文芸」)創作
  • 「広津和郎先生を囲んで文学あれこれを語る」(1953(昭和28年)「女人文芸」)座談会(広津和郎、中原績、小谷治子、鷲見まさ子)
  • 「因幡山」(1954(昭和29年)11月「女人文芸」)ラジオドラマ
  • 「因幡山」(1955(昭和30年)8月「山陰」)ラジオドラマ

脚注[編集]

  1. ^ 尾崎翠・田中古代子・岡田美子、鳥取女流ペンクラブ編「尾崎翠・田中古代子・岡田美子選集」,富士書店、1998年、p378
  2. ^ [東京病と決別、谷間との和解/年の瀬に岡田美子の「谷間」を読む](日本海新聞、2001年12月18日)
  3. ^ [郷土の文化人との交流/生誕100周年フェスティバル岡田美子文学フォーラムに寄せて](日本海新聞、2001年11月3日)