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岡山文武場

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岡山文武場(おかやまぶんぶじょう)は、江戸時代末期に紀伊国紀州藩が設けた藩校。現存はしておらず、和歌山市の市街地を整備するために廃された。

沿革

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岡山文武場

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安政3年(1856年)、海防強化に向けて和歌山城の南隣に岡山文武場が開設された。

学習館文武場

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慶応2年(1866年)、徳川茂承が行った軍制改革に伴い藩校改革も行われ、学習館を岡山文武場へ移転させて全体を学習館文武場と称した。修業年齢を従来の30歳から50歳へ引き上げるなどを行ったため、200~600人だった生徒数が数倍になったという。また、特筆すべき点は漢文素読試験に限り、百姓町人も参加できるようになったことである。

教科

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岡山文武場内

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岡山文武場外

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関連項目

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