小田切昌興

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
 
小田切昌興
時代 江戸時代中期
生誕 享保8年(1723年
死没 安永元年12月24日1773年1月16日
別名 図書、兵庫、十兵衛
戒名 義然
墓所 錦小路長円寺
主君 徳川家重徳川家治
氏族 小田切氏
父母 父:小田切昌民、母:長谷川正冬
兄弟 昌興、女子(三宅康英妻)、女子(大河内政舜妻)
坪内定根
養子:昌應
テンプレートを表示

小田切 昌興(おだぎり まさおき)は、江戸時代中期の武士旗本

経歴[編集]

元文3年(1738年)9月3日、家督を継ぎ、宝暦5年(1755年)3月16日に大番に列す[1]。同11年12月26日、番を辞し、安永元年(1773年)1月18日に番に復し二条在番となるが、同年12月24日、二条城を守衛中に死去した[1]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b 堀田 1923, 巻第三百九十四.

参考文献[編集]