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宝蔵寺 (京都市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
宝蔵寺
山門
所在地 京都府京都市中京区裏寺町通蛸薬師上ル裏寺町587
位置 北緯35度00分23.9秒 東経135度46分06.5秒 / 北緯35.006639度 東経135.768472度 / 35.006639; 135.768472座標: 北緯35度00分23.9秒 東経135度46分06.5秒 / 北緯35.006639度 東経135.768472度 / 35.006639; 135.768472
山号 無量山
院号 如輪院
宗派 浄土宗西山深草派
本尊 阿弥陀如来
開山 伝・空海
中興年 天正9年(1581年
中興 玉阿律師
正式名 無量山如輪院寶藏寺
公式サイト 宝蔵寺
法人番号 3130005002455 ウィキデータを編集
宝蔵寺 (京都市)の位置(京都市市街内)
宝蔵寺 (京都市)
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宝蔵寺(ほうぞうじ)は、京都市中京区にある浄土宗西山深草派寺院山号は無量山。本尊阿弥陀如来伊藤若冲ゆかりの寺院である。

歴史

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そもそもは空海の創建であるというが、衰退した[1]

文永6年(1269年)に浄土宗長西の弟子で千本釈迦堂第2世である如輪によって元西壬生郷に再興される[1]。しかし再び衰微していたところ、天正9年(1581年)に玉阿律師によって再び再興される[1]。天正19年(1591年)に豊臣秀吉による寺町の整備により、寺町の裏側にある現在地・裏寺町に移転する[1]

元治元年(1864年)7月に起きた禁門の変を発端とするどんどん焼けで全焼するが[1]、その後復興される。

本尊阿弥陀如来像は元禄13年(1700年)の制作である[1]

若冲との関係

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当寺は錦小路青物問屋「桝屋」を営む伊藤家の菩提寺である。伊藤若冲寛延4年(1751年)9月29日に父母の墓石を、明和2年(1765年)11月11日に末弟宗寂の墓石を建立している[2]

若冲筆の「竹に雄鶏図」「髑髏図」等の他、若冲の弟で弟子の伊藤宗巌(白歳)、弟子の若演、処冲、意冲、北為明、若啓、若拙、若涼、大光、環冲、栄柱の若冲派作品が所蔵されている[2]

境内

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所在地

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  • 京都府京都市中京区裏寺町通蛸薬師上ル裏寺町587

アクセス

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脚注

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  1. 1 2 3 4 5 6 7 宝蔵寺について.宝蔵寺、2026年5月21日閲覧。
  2. 1 2 宝蔵寺と伊藤若冲.宝蔵寺、2026年5月21日閲覧。

参考文献

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  • 宝蔵寺パンフレット

外部リンク

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