安宅町

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安宅町
廃止日 1940年12月1日
廃止理由 新設合併
安宅町小松町牧村板津村白江村苗代村御幸村粟津村 → 小松市
現在の自治体 小松市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方北陸地方
都道府県 石川県
能美郡
隣接自治体 石川県:
能美郡牧村根上町
安宅町役場
所在地 石川県能美郡安宅町
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安宅町(あたかまち)は、石川県能美郡に存在した。および、現在の小松市の町名。

この地名は、この地が「異国人が来襲した海岸」という意味からなる「寇が浦」(あだがうら)に由来するとされている。

地理[編集]

  • 現在の小松市の西部で、日本海に面し、梯川の河口周辺に位置。安宅港を中心に発展、当初中心集落は梯川の東岸に位置した。梯川の両岸を住吉橋が連絡している。
  • 明治時代末期の町内は、海岸の砂浜などの針葉樹林が広範囲を占めていた。現在も松林が多く残る。町の南部にはなど農耕地も存在した。
  • 江戸時代から発展していた海運業が、鉄道の開通などにもよって衰退したこともあり、北前船主であった米谷半平がこの地にて1891年(明治24年)、米谷銀行(後に加能合同銀行)を創立[1]。現在の北國銀行の前身である。また、大正から昭和初期にかけては繊維工業も行われていた。

歴史[編集]

  • 1712年正徳2年) - 安宅村から安宅町に改称。小松奉行の支配下となる。江戸期の本町内の町名には網町、川端町、北浜町、米屋町、長田町、浜町、東町、札之木町、山王町の各町が存在。
  • 1872年明治5年) - 再び安宅村と改称。
  • 1875年(明治8年) - 勝楽寺内に安宅小学校を開校。翌年1876年(明治9年)、専用校舎を開設。
  • 1886年(明治19年) - 再び安宅町と改称。
  • 1889年(明治22年) - 町村制施行により、能美郡安宅町となる。
  • 1940年昭和15年)12月1日 - 当町と小松町牧村板津村白江村苗代村御幸村粟津村が合併し、小松市が成立。当町は小松市安宅町となる。
  • 1947年(昭和22年) - 小松市立丸内中学校安宅教場を設置。
  • 1953年(昭和28年) - 安宅町保育所を設置。
  • 1963年(昭和38年)4月 - 小松市立丸内中学校安宅教場閉校。
  • 1978年(昭和53年)4月 - 小松市立安宅中学校開校。

交通[編集]

※現在のもの

バス路線[編集]

  • 小松バス
    • 安宅線:木曽町、安宅関跡前、安宅、安宅出町、安宅漁港 各停留所

教育[編集]

周辺施設[編集]

神社仏閣[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『北国銀行四十年小史』 (北国銀行, 1983)