姫野々城

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姫野々城
高知県
別名 半月城
城郭構造 山城
築城主 津野氏
築城年 南北朝時代
指定文化財 町史跡 

姫野々城(ひめののじょう)は、高知県高岡郡津野町姫野々にあった日本の城。別名、半月城津野氏代々の居城。

概要[編集]

新荘川の中流左岸の平地の北側にある津野町立葉山小学校の裏にある標高189mの小山丘上に存在していた。

津野氏は藤原仲平の子である越前国(福井県)今立郡山ノ内の山内経高を祖として、延喜13年(913年)に土佐国に入国したことよりはじまる。 これを理由に最初、津野氏は山内と称していた。津野氏は檮原町・津野山を本拠地とした。新荘川のほとりに津野荘を経営した。これは姫野々城の元である。

永正14年(1517年)、津野元実は一条氏の属城、戸波城を攻めて恵良沼で戦死し、津野氏の勢力は衰退。のちに一条氏の配下となる。

長宗我部氏の圧迫に耐えかねた津野勝興は、長宗我部元親の第三子、津野親忠を自分の養子とし、元親に降伏した。

慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いに敗れると、親忠は切腹させられ津野氏は滅亡した。


参考文献[編集]

  • 角川日本地名大辞典 (オンライン版)
  • 『日本城郭体系 第15巻 香川・徳島・高知』、新人物往来社、1979年12月15日
  • 『四国の古城』 著者:山田竹系 発行:四国毎日出版社、1974年9月10日

関連項目[編集]