大血川

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大血川
水系 一級水系 荒川水系
種別 一級河川
延長 8.5[1] km
流域面積 27.0[1] km²
水源 白岩山
水源の標高 -- m
河口・合流先 荒川に合流
流域 埼玉県秩父市
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大血川(おおちがわ)は、埼玉県秩父市を流れる荒川支流の一級河川

概要[編集]

奥秩父山塊の一つである白岩山付近に源を発する。大血川渓流観光釣場などがある[2]。流路延長は8.5キロメートルで、内埼玉県管理区間としての長さは5.4キロメートルである[3]。また、彩の国クールスポット100選に選ばれている[4]。荒川との合流点付近には石灰岩の鉱床がある[5]

伝承[編集]

「大血川」という名前の由来については平将門伝説に因むもので、2つの説がある。 一つは承平天慶の乱により平将門が討死した際に、大陽寺に隠れ住んでいた平将門の妻、桔梗と従者99人が川の源流付近で集団で自害したという説で[6]、また、平将門が討死した際に自害ではなく、救いを求めて大陽寺に逃げ込む際に途中の大日向で追っ手の源経基らの襲撃に会い、打ち首にされたという説もある[7][8]。いずれにせよその流血で川が七日七晩染まったことから大血川と呼ばれるようになったというものである[6][9]。桔梗と従者99人を祀った九十九神社が大血川の傍らに建立されている[10]。また、桔梗たちの墓といわれている桔梗塚も大血川地区の集落に残されている[10]

もう一つは自害ではなく、桔梗らは無事に大陽寺にたどり着き、そこで平和に暮らしたという説で、近傍にある川がまるで大蛇(おろち)のように見えたたことから「おろち川」と呼ばれ、そのおろち川が訛化して大血川となったというものである[11]。なお、大血川には大蛇に関わる畠山重忠の出生伝説があり[12][13]大陽寺で寺の大師諏訪湖に棲む大蛇の化身である女性の間に生まれた嬰児不浄に思い、近くの大血川に流した伝承が残されている[12][14]。川に流された嬰児は現在の深谷市畠山に流れ着き、そこで畠山庄司重能に拾われ、畠山重忠として育てられたと言われている[14][12]

支流[編集]

  • 西谷
  • 鉄砲沢
  • 東谷川[3] - 最大の支流で単に「東谷」とも呼ばれる。長さは4キロメートル。
  • 向いの沢
  • 横岩沢

周辺[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 『荒川 自然』26頁。
  2. ^ 講談社『大血川渓流観光釣場』 - コトバンク
  3. ^ a b 荒川上流ブロック河川整備計画(県管理区間)p. 15 - 埼玉県、2006年2月、2015年11月23日閲覧。
  4. ^ 彩の国 クールスポット100選 - 認定特定非営利活動法人 環境ネットワーク埼玉、2015年11月23日閲覧。
  5. ^ 三峰地域の地質 (PDF) p. 93 - 地質調査総合センター、2010年、2015年11月23日閲覧。
  6. ^ a b 大血川渓谷 - 西武鉄道(秩父ろまん)、2015年2月14日閲覧。
  7. ^ 『畠山重忠鉄の伝説』p. 15。
  8. ^ 『荒川 人文III -荒川総合調査報告書4-』478-479頁。
  9. ^ 埼玉の名水 秩父水紀行”. ダスキンホームページ. 2015年2月14日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2015年2月14日閲覧。
  10. ^ a b 『秩父の伝説 語り継ぐふるさとの想い』44頁。
  11. ^ 『畠山重忠鉄の伝説』p. 16。
  12. ^ a b c 『畠山重忠鉄の伝説』p. 14。
  13. ^ ゆかりの地 - 深谷市ホームページ(畠山重忠辞典)、2015年2月14日閲覧。
  14. ^ a b 『荒川 人文III -荒川総合調査報告書4-』477-478頁。

参考文献[編集]

  • 埼玉県『荒川 自然』(荒川総合調査報告書1)、1987年3月25日。
  • 埼玉県県民部県史編さん室『荒川 人文III -荒川総合調査報告書4-』、埼玉県、1988年2月25日。
  • 秩父の伝説編集委員会『秩父の伝説 語り継ぐふるさとの想い』、秩父市教育委員会、2007年3月10日。
  • 井上孝夫 (2000年2月29日). “『畠山重忠鉄の伝説』 (PDF)”. 千葉大学教育学部. pp. 14-16. 2015年2月11日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]