大洲ゴルフ倶楽部

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大洲ゴルフ倶楽部
大洲ゴルフ倶楽部
大洲ゴルフ倶楽部の空中写真。
2013年2月14日撮影。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。
所在地 日本の旗 日本
愛媛県大洲市野佐来
Nuvola apps kolf.svg 概要
開業 1966年昭和41年)12月25日
運営 メンバーシップコース
設計 佐藤 儀一
運営者 大洲観光株式会社
Nuvola apps kolf.svg コース

OUT IN
HOLE PAR YARD HOLE PAR YARD
1 5 499 1 3 150
2 4 350 2 4 438
3 3 155 3 4 349
4 5 482 4 5 472
5 4 402 5 3 171
6 3 178 6 4 374
7 4 312 7 5 535
8 4 415 8 4 413
9 4 381 9 4 324
36 3174 36 3226

Nuvola apps kolf.svg その他
公式サイト 大洲ゴルフ倶楽部
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大洲ゴルフ倶楽部(おおずゴルフくらぶ)は、愛媛県大洲市にあるゴルフ場である。

概要[編集]

1963年昭和38年)、全国にゴルフ場新設ブームが広がる中で、大洲では建設省大洲工事事務所隣の手製のゴルフ練習場で、大洲ゴルフ同好会の20人がプレーするのが全てだった[1]。そんな状況下でも例外がいた村上清吉である、愛媛県立大洲中学校を卒業し、家業の村上木材を継ぎ、「松山ゴルフ倶楽部」(1958年(昭和33年)開場、設計・上田治)や大阪の「池田カンツリー倶楽部」(1960年(昭和35年)開場、設計・荒木博、町田義雄)に遠出してプレーした[1]

村上清吉は、40歳で大洲市長に当選し、その後、建設業の村上興行株式会社を興した[1]。村上にはゴルフ場を造るという将来計画があり、1955年(昭和30年)代初期にも、香川県さぬき市にゴルフ場用地(後・「志度カントリークラブ」(1964年(昭和39年)開場、設計・佐藤儀一))を購入していたが、志度観光開発株式会社に譲渡していた[1]

村上が計画したゴルフ場の建設用地は、実家が林業であることから山持ちであり、自社所有の山野に18ホールのゴルフ場を造ることにした[1]。コースの設計は、志度カントリー倶楽部の設計を行った佐藤儀一に依頼し、用地の検分をしてもらうと合格点の評価を得た[1]。ゴルフ人口20人の大洲にゴルフ場はまだ早いと周囲からいわれたが、父は「大人の遊び場というものは、大変に広い場所がいるのう」と呟いただけで、反対はしなかった[1]

1966年(昭和41年)、村上木材所有の山林を、村上工業のブルドーザーにより造成工事が着工された[1]。佐藤儀一は大洲に泊まり込みで指揮をした、下から双眼鏡を覗いて「もっと下げろ、もっと」などと指示をする熱の入れようだったが、1967年(昭和42年)7月2日、残念にもインコースの造成工事中に急逝した[1]。残された工事は、佐藤の仕事の実績の多い安達建設が受け継いで工事を行った[1]1966年(昭和41年)12月25日、インコース9ホールが完成し、開場された[1]。その後、1969年(昭和44年)7月3日、増設のアウトコース9ホールが完成し、18ホールのゴルフ場が出来上がった[1]

所在地[編集]

〒795-0006 愛媛県大洲市野佐来

コース情報[編集]

  • 開場日 - 1966年12月25日
  • 設計者 - 佐藤 儀一
  • 面積 - 680,000m2(約万坪)
  • コースタイプ - 山岳コース
  • コース - 18ホールズ、パー72、6,400ヤード、コースレート70.2
  • フェアウェー - コウライ
  • ラフ - ノシバ
  • グリーン - 1グリーン、コウライ
  • ラウンドスタイル - キャディ・セルフ選択可、月曜から金曜まではセルフ営業、乗用カート使用、1組4人が原則、状況によりツーサムも可
  • 練習場 - 無し
  • 休場日 - 年中無休[2][3]

クラブ情報[編集]

  • ハウス面積 - 1,100m2(坪)
  • ハウス設計 - 池内建築事務所
  • ハウス施工 - 村上工業[2][3]

ギャラリー[編集]

交通アクセス[編集]

エピソード[編集]

  • 愛媛県南部の南伊予の大洲の名は、連続テレビドラマ「おはなはん」で脚光を浴びるまで殆ど知られていなかった[5]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e f g h i j k l 『美しい日本のゴルフコース BEAUTIFUL GOLF CULTURE IN JAPAN 日本のゴルフ110年記念 ゴルフは日本の新しい伝統文化である』、ゴルフダイジェスト社「美しい日本のゴルフコース」編纂委員会編、「大洲生まれの村上清吉は「自由に、気楽にゴルフを」と所有の山林にゴルフ場建設を決意」、東京 ゴルフダイジェスト社、2013年12月、2021年5月4日閲覧
  2. ^ a b 「大洲ゴルフ倶楽部」、ゴルフダイジェスト、2021年5月4日閲覧
  3. ^ a b 「大洲ゴルフ倶楽部」、ゴルフホットライン、2021年5月4日閲覧
  4. ^ a b 「大洲ゴルフ倶楽部」、アクセス、2021年5月4日閲覧
  5. ^ 『美しい日本のゴルフコース BEAUTIFUL GOLF CULTURE IN JAPAN 日本のゴルフ110年記念 ゴルフは日本の新しい伝統文化である』、ゴルフダイジェスト社「美しい日本のゴルフコース」編纂委員会編、「大洲生まれの村上清吉は「自由に、気楽にゴルフを」と所有の山林にゴルフ場建設を決意」、東京 ゴルフダイジェスト社、2013年12月、2021年5月4日閲覧

関連文献[編集]

  • 『ゴルフ場ガイド 西版』、2006-2007、「大洲ゴルフ倶楽部」、東京 ゴルフダイジェスト社、2006年5月、2021年5月4日閲覧
  • 『美しい日本のゴルフコース BEAUTIFUL GOLF CULTURE IN JAPAN 日本のゴルフ110年記念 ゴルフは日本の新しい伝統文化である』、ゴルフダイジェスト社「美しい日本のゴルフコース」編纂委員会編、「大洲生まれの村上清吉は「自由に、気楽にゴルフを」と所有の山林にゴルフ場建設を決意」、東京 ゴルフダイジェスト社、2013年12月、2021年5月4日閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]