大津留晶

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大津留 晶(おおつる あきら、1957年[1][2]- )は日本の医学者長崎大学医学部准教授で、2011年9月まで長崎大病院永井隆記念国際ヒバクシャ医療センター副所長[3][4]を務めた。2011年3月11日東日本大震災に続いて発生した福島第一原子力発電所事故後には被曝医療支援で福島県に派遣され、同年10月より福島県立医科大学の教授に就任した。

経歴[編集]

  • 1957年長崎市生まれ、被爆二世[5]
  • 1982年、長崎大学医学部卒業、同第1内科(消化器内科)
  • 1988年、長​崎​大​学大学院​(​医​学​研​究​科​ ​内​科​系​)
  • 1​9​9​1-​2​0​0​3年、長​崎​大​学​医​学​部​助​教
  • 2005年6月26日-7月2日韓国ソウル市で在韓被爆者の健康相談にあたる長崎県の医師団の副団長を務める[6]
  • 2011年3月14日、長崎大学から福島県に放射線医療チームの団長として派遣
  • 2011年10月1日、福島県立医科大学医学部教授に就任

研究・著作[編集]

  • CiNii論文[7]

受賞歴[編集]

福島第一原子力発電所事故後の活動[編集]

福島第一原子力発電所事故直後の2011年3月13日文部科学省からの要請を受けて、長崎大学から放射線医療チームの団長として福島県に派遣された[9]。大津留は、状況について「医師たちは何をしていいか分からず、放射線への不安で緊張の糸が切れかかっていた」、「幸いだったのは福島医大が原発から56キロ離れていた点。もし、ここが避難区域内だったら、福島の医療は崩壊していただろう」と語っている[10]。当時、福島県では彼らに対して、「ヨウ素剤をみんなにすぐに飲ませること」や「すぐの避難」という意見が相次いでいた[11]

このため、派遣されたメンバーの一人である熊谷敦史は「きちんとコントロールできる人が必要」だと考え、大津留は後に福島県放射線健康リスク管理アドバイザーに任命される山下俊一長崎大学教授に電話で「福島県立医大が浮き足立っている、先生方がパニックになっている」と報告し、3月18日に山下は福島県からの要請で福島県に行くこととなった[11]

9月28日には、福島県立医科大学での放射線生命科学講座と放射線健康管理学講座の新設とともに放射線健康管理学講座教授に就任すると報道され[2]、10月には福島県立医科大学医学部の教授に就任した。10月3日には福島民友新聞社を訪問し、「被ばく研究に関する拠点整備が非常に重要だ。内部被ばくをしっかりと検査できる環境づくりも進めていきたい」と語った[12]

2012年3月には福島民報のインタビューに応じ、「チェルノブイリ原発事故と比べれば、環境中に漏れた放射性物質の線量は十分の一と推測されている。避難や、飲食物の摂取制限が迅速に行われるなど、想定外の事態にも関わらず、最大限の努力で住民の被ばくは抑えられているとみている」と発言した。自身の関わる県民健康管理調査については、国の支援を求めるとともに、「10年、20年後に、福島県民が現在よりも健康に暮らせて良かったと言われるようにしたい。そのために県民の方々と一緒に頑張っていきたい」と抱負を述べた[13]

同年9月6日に開催された日本放射線影響学会の大会で、大津留は「原発事故に関連した疾患が発症するまでには4、5年はかかるとみられる。その前に健康に関するデータを集めることが重要だ」、「低線量被ばくは安全だとの考えを押し付けてはいけないし、いたずらに危険をあおってもいけない。心身両面で県民への多角的な支援が求められている」と発言した[14]

脚注[編集]

  1. ^ 動きだす被ばく医療 長崎と福島の連帯・上/原発災害支援 2011年4月22日 長崎新聞
  2. ^ a b 被ばく医療専門2講座を新設 福医大 福島民報 2011年9月29日
  3. ^ 永井隆記念国際ヒバクシャ医療センター スタッフ
  4. ^ - 長崎大学病院 スタッフ紹介
  5. ^ ヒバクシャ医療国際協力通信 13号
  6. ^ 在韓被爆者の健康相談へ 県庁で派遣医師団の壮行式 長崎新聞 2005年6月23日
  7. ^ CiNii論文
  8. ^ 病院永井隆記念国際ヒバクシャ医療センターの大津留晶准教授が大韓赤十字社より感謝盾を授与されました。(病院総務課) 長崎大学 2009年12月14日
  9. ^ 長崎大、放射線医療チーム派遣 熱研の山本教授も現地へ、長崎新聞 2011年3月14日
  10. ^ 原子力防災の行方<5>緊急被ばく医療(11年5月28日) 佐賀新聞
  11. ^ a b 長崎の力を活かす緊急被ばく医療. 専門家を集めてチームを編成. Next 150. 長崎大学 病院 year anniversary. 2011 July vol.19
  12. ^ 顔 福島医大医学部放射線健康管理学講座教授に就任した大津留 晶さん 被ばく研究に使命感 福島民友新聞 2011年10月4日 4面
  13. ^ 明日への提言 福島医大医学部 放射線健康管理学講座教授 大津留晶氏 長期的な見守り必要 福島民報 2012年3月1日
  14. ^ SPEEDI開発者が苦言 放射線影響学会、仙台で開幕 河北新報 2012年09月07日金曜日

関連項目[編集]