塔原城

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塔原城
長野県
別名 長峰城
城郭構造 山城
築城主 海野氏流塔原氏
廃城年 1553年(天文22年)
遺構 郭、空堀、土塁、石積
指定文化財 安曇野市指定史跡

塔原城(とうのはらじょう)は、長野県安曇野市明科中川手にあった日本の城。標高750メートルにある。安曇野市指定史跡。文献によっては塔ノ原城とも表記される。

概要[編集]

長峰山が会田川に突き出した尾根先にあり、低地に会田街道が通る。鎌倉時代海野幸継海野氏)の三男である塔原三郎幸次が築城したと伝わる。塩尻峠の戦い武田晴信により光城が落城した1553年天文22年)に、刈谷原城などとともに攻め落とされたものと思われる。

本城のある平地は南に一の廓、北に二の郭に分かれる。一の廓は南北40メートル、東西17メートルの長方形で、南端には土塁が築かれ、西南端には虎口跡が残る。二の郭は南北25メートル、東西15メートルの長方形で、北と東に土塁跡があり、斜面には石壁が残る。帯郭は、本郭の東斜面に5箇所あり、北東の尾根には土塁が残る。

参考文献[編集]

関連項目[編集]