地蔵院 (京都市西京区)

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衣笠山地蔵院
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所在地 京都府京都市西京区山田北ノ町23
山号 衣笠山
院号 地藏院地蔵院
宗旨 臨済宗禅宗
宗派 臨済宗天龍寺派靈龜山 天龍資聖禪寺) → 1968年から臨済宗系単立
寺格 勅願寺
本尊 地蔵菩薩
創建年 応安元年(1368年
(衣笠内大臣衣笠(藤原)家良1192 – 1264)の山荘の土地が起源)
開山 碧潭周皎宗鏡禅師)、夢窓疎石
開基 細川頼之
正式名 衣笠山地藏院
別称 竹の寺
法人番号 3130005001754 ウィキデータを編集
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地蔵院(じぞういん)は、京都市西京区山田北ノ町[1]にある臨済宗系の単立寺院山号は衣笠(藤原)家良に由来する衣笠山。本尊地蔵菩薩。周囲を竹林で囲まれていることから竹の寺の通称で知られる。

歴史[編集]

この場所は、もともと衣笠内大臣といわれた歌人の藤原家良が山荘を営んでいたところで、寺は1368年応安元年)、室町幕府管領を務めた武将の細川頼之が尼僧妙性から土地を買取り、寄進したことにによって創建された。細川頼之は碧潭周皎(へきたんしゅうこう、宗鏡禅師)に帰依して出家した。当寺の実質的な開山は碧潭周皎であるが、碧潭は法兄である夢窓疎石勧請開山としている[2]

南北朝時代には勅願寺となって寺運も興隆したが、応仁の乱の兵火により伽藍を焼失し寺運も衰えた。 江戸時代までは境内にわずか2つの末寺が残っているだけだったが、1686年貞享3年)方丈が復興し、寺観が整備された。江戸期には天龍寺に属した。

もとは臨済宗に属していたが、1968年昭和43年)に独立して単立寺院となっている。

なお、一休宗純は6歳で出家するまで母と共にこの寺で過ごしたと伝えられており、2017年には「一休禅師母子像」が境内に建立されている[3]

文化財[編集]

重要文化財[編集]

  • 銅造千手観音坐像 - 鎌倉時代。像高27.9cmの小像。細川頼之の妻の念持仏であったと伝える。

市指定文化財[編集]

所在地・アクセス[編集]

京都府京都市西京区 山田 北ノ町23
京都駅から京都バス苔寺すず虫寺行き終点下車、徒歩3分

周辺[編集]

参考文献[編集]

  • 山折哲雄・槇野修 『京都の寺社505を歩く』 PHP新書

脚注[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯34度59分25.5秒 東経135度41分9.6秒