四銃士

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四銃士 Tennis pictogram.svg
基本情報
ラテン文字名 The Four Musketeers
国籍 フランスの旗 フランス
ツアー経歴
引退年 -
4大大会最高成績・シングルス
全豪 優勝 (1928)
全仏 優勝 (1922・1924-32)
全英 優勝 (1924-1929)
全米 優勝 (1926-28)
優勝回数 20(豪1・仏10・英6・米3)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 優勝 (1928)
全仏 優勝 (1925・1927-30・32・34・36)
全英 優勝 (1925・26・28・32・33)
優勝回数 14(豪1・仏8・英5)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全豪 優勝 (1928)
全仏 優勝 (1927-29・34)
全英 優勝 (1925)
全米 優勝 (1926・27)
優勝回数 5(豪1・仏4・英1・米2)
獲得メダル
男子 テニス
オリンピック
1924 パリ シングルス
1924 パリ ダブルス
オリンピック
1924 パリ ダブルス

四銃士(よんじゅうし、フランス語:Les Quatre Mousquetaires)とは、1920年代から1930年代前半にかけて活躍したフランスの4人の男子テニス選手の総称。「四銃士」とは、アレクサンドル・デュマ・ペールの有名な小説『三銃士』(Les Trois Mousquetaires)にちなんでつけられた。

概要[編集]

彼らが全盛時代にあった頃、フランスは男子国別対抗戦・デビスカップで1927年から1932年まで6連覇を果している。4大大会でもシングルス、ダブルスともに多数のタイトルを獲得し、男子シングルスでは4人合わせて「18勝」(ボロトラ4勝、コシェ7勝、ラコステ7勝)を挙げる。ブルニョンだけはシングルスのタイトルを取れなかったが、ダブルスで総計10勝を記録する。(全仏選手権は国際大会化が1925年であったため、それ以前に獲得した優勝はテニスの「公認記録」から除外されることになっている。したがって、コシェの場合は1922年、ボロトラの場合は1924年の全仏優勝が各自の総計から除外される。それを含めれば、コシェは全仏選手権5勝、ボロトラは2勝となる。)ラコステは結核発病のため、他の3人に比べて引退が早かった。引退後のラコステは、ブランド事業で世界的な成功を収めた。

「四銃士」のメンバーのうち、アンリ・コシェとジャック・ブルニョンの2人は1929年(昭和4年)10月に来日したことがあり、日本にテニスを紹介している。また、ボロトラとブルニョンのコンビは1933年のウィンブルドン男子ダブルス決勝で、日本の佐藤次郎布井良助のペアを破って優勝したこともあった。

1976年、「四銃士」のメンバーたちは4人揃って国際テニス殿堂入りを果たした。

現在はジョー=ウィルフリード・ツォンガジル・シモンガエル・モンフィスリシャール・ガスケの4人が新四銃士(nouveaux Mousquetaires)といわれ、1983年全仏オープンヤニック・ノアが優勝して以来遠ざかっているフランス男子選手による4大大会シングルス優勝が期待されている。

外部リンク[編集]