十八ヶ城

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十八ヶ城
岩手県
別名 本館
城郭構造 山城
天守構造 なし
築城主 稗貫氏
築城年 不明
主な城主 稗貫氏
廃城年 不明(16世紀前半?)
遺構
指定文化財 未指定
位置 北緯39度24分32.2秒 東経141度07分16.3秒 / 北緯39.408944度 東経141.121194度 / 39.408944; 141.121194座標: 北緯39度24分32.2秒 東経141度07分16.3秒 / 北緯39.408944度 東経141.121194度 / 39.408944; 141.121194
地図
十八ヶ城の位置(岩手県内)
十八ヶ城
十八ヶ城

十八ヶ城(さかりがじょう)は岩手県花巻市宮ノ目に存在した日本の城。別称 本館

概要[編集]

花巻市街の北2キロメートルの瀬川右岸の台上にあったが、東側は宅地化によって、西側も開田により濠が埋められたと推定され、現在壕の一部が残るのみで、往事の規模は不明である。

沿革[編集]

室町時代に見える城郭名。築城時期は不明。

陸奥国稗貫郡宮野目村に所在し、稗貫氏が小瀬川城から本城に移り、そして享禄年間(1528年-1533年)に鳥谷ヶ崎城(花巻城)(陸奥国稗貫郡花巻村)に移るまでの本城であった。

『聞老遺事』の「稗貫状」には、永享7年(1435年)の和賀・稗貫の動乱のさいの「稗貫瀬川十八ヶ沢」の城構えは「四方に濠をめぐらし乱ぐいを打ち、逆茂木を引き筒木を釣るし石引を張る」という伝承が記されている。

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 『岩手県史 第2巻 中世篇 上』 岩手県、1961年3月25日
  • 『岩手県史 第3巻 中世篇 下』 岩手県、1961年10月20日
  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 『角川日本地名大辞典 3 岩手県』 角川書店、1985年ISBN 4040010302
  • 児玉 幸阿・坪井 清足 『日本城郭大系 第2巻 青森・岩手・秋田』 新人物往来社、1980年7月15日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]