勝沼晴雄

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勝沼 晴雄(かつぬま はるお、1916年3月27日 - 1985年3月17日)は、日本の公衆衛生学者、東京大学名誉教授。

来歴[編集]

静岡県出身[1]勝沼精蔵の長男として生まれる。1941年東京帝国大学医学部卒。病理学教室入室 7月海軍軍医(グアム、トラック島、横須賀航空技術廠、操縦士)。1949年公衆衛生学入室。1952年、米国留学(ピッツパーグ大学)。1950年、医学博士。論文の題は「白血球像の日差に関する研究」[2]。 1952年、米国ピッツパーグ大学留学。

1955年、東京大学助教授、1959年、同教授。

1960年4月8日、新日本窒素肥料(現・チッソ)から支援を受けて、日本化学工業協会は「水俣病研究懇談会」を設置した。同懇談会は、日本医学会会長の田宮猛雄が委員長を務めたことから通称「田宮委員会」と呼ばれ、勝沼は幹事として参加した。勝沼ら田宮委員会の研究者たちは、熊本大学研究班が前年に発表した有機水銀説に反論し、他に原因があると主張した[3][4][5][4][6]

1976年、定年退官、名誉教授、杏林大学教授。1983年、国立公害研究所副所長[7]

1985年3月17日、死去。68歳没。

著書[編集]

  • あなたの職場と健康 サラリーマンにしのびよる病い 隆鳳堂 1960 「サラリーマン病」改題
  • 公衆衛生学的接近 南江堂 1966
  • 地域医療 金原出版 1980.8 (金原医学新書)

共編著[編集]

  • あんま師・はり師・灸師・柔道整復師のための衛生 松本幸久共著 医歯薬出版 1961
  • 医学年鑑 医学・歯学・薬学・保健衛生の年次総覧 緒方富雄,大村潤四郎共編 医歯薬出版 1962
  • 煙霧の文明 現代病の種々相 小泉明,鈴木継美共著 日本評論新社 1963
  • 公衆衛生学 小泉明,鈴木継美共著 医学書院 1968 (系統看護学講座)
  • 人類生態学ノート 鈴木継美共編 東京大学出版会 1970 (UP選書)
  • 公衆衛生の課題 医歯薬出版 1971
  • プライマリ・ケアのための疫学 田中恒男共編 杏林書院 1984.2

翻訳[編集]

  • 本態性高血圧症 George Pickering 根岸竜雄共訳 医歯薬出版 1964

脚注[編集]

  1. ^ 勝沼 晴雄とは - コトバンク
  2. ^ 博士論文書誌データベース
  3. ^ 新潟水俣病関係年表”. 新潟県ホームページ. 2021年9月17日閲覧。
  4. ^ a b 【判例ID】27422554 損害賠償請求併合事件 新潟地方裁判所 昭和46年9月29日判決。
  5. ^ Takashi Yorifuji, Toshihide Tsuda, Masazumi Harada (2013年). “Late lessons from early warnings: science, precaution, innovation”. European Environment Agency. pp. 124-152. 2021年9月25日閲覧。
  6. ^ 朝日新聞1997年7月4日夕刊、科学、11頁。
  7. ^ 泉[2012:173]

参考[編集]