加藤橘夫

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加藤 橘夫(かとう きつお、1907年明治40年)3月28日 - 1992年平成4年)8月17日)は、日本体育学者東京大学教授。大阪体育大学学長。東京出身。東京帝国大學卒業。

経歴[編集]

厚生省体育官などを経て1950年昭和25年)に東京大学教授就任。1951年(昭和26年)に東京大学運動会ヨット部部長となる。

1967年(昭和42年)に東京大学運動会ヨット部部長を辞任、大阪体育大学教授となる。1975年(昭和50年)、大阪体育大学学長。[1]戦後、体育を大学の正課とするよう尽力。また日本体育学会の創立にくわわり、理事長、会長をつとめた。

1992年(平成4年)8月17日死去。享年85。

著書[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「野球統制の問題」(『体育の科学』(1975年9月第25巻第9号))