佐藤源蔵 (貴族院議員)

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佐藤 源蔵(さとう げんぞう、1857年11月20日(安政4年10月4日[1][2])- 1937年昭和12年)1月16日[3])は、明治から昭和時代前期の政治家銀行家貴族院多額納税者議員

経歴[編集]

陸奥国津軽郡畑中村(現青森県南津軽郡田舎館村畑中)に生まれる[4]。佐藤治郎左衛門の長男[1]1889年(明治22年)の 町村制施行とともに田舎館村収入役に就任し、2期務める[4]1905年(明治38年)佐藤、田沢周助、宮舘貞吉の提唱により田舎館信用組合を創立し、組合長に就任[4]1907年(明治40年)には同村議会議員に当選した[3]。ほか、黒石銀行[注 1]、津軽銀行[注 2]各取締役を歴任した[3]

1911年(明治44年)青森県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日[5]から1913年(大正2年)10月23日[6]まで在任した[3]

親族[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 青森銀行の前身行のひとつ。
  2. ^ 青森銀行の前身行のひとつ。

出典[編集]

  1. ^ a b 人事興信所 1915, さ8頁.
  2. ^ 東洋新報社 1917, 1746頁.
  3. ^ a b c d 衆議院、参議院 編 1960, 193頁.
  4. ^ a b c d 東奥日報社 2002, 302頁.
  5. ^ 『官報』第8485号、明治44年9月30日。
  6. ^ 『官報』第372号、大正2年10月24日。

参考文献[編集]

  • 人事興信所 編 『人事興信録 第4版』 人事興信所、1915年https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1703995 
  • 東洋新報社 編 『大正人名辞典』 東洋新報社、1917年https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/946063 
  • 衆議院、参議院 編 『議会制度七十年史 第1』 大蔵省印刷局、1960年https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3034963 
  • 東奥日報社 編 『青森県人名事典』 東奥日報社、2002年。ISBN 4885610656